2011-07-15

動画:震災の裏側



metisの「人間失格」がBGMで使用されています。
東日本大震災で犠牲になった方々への鎮魂歌であり、被災された方々への応援歌と言っていいと思います。
しかし、「人間失格」は3.11以前に発表された作品です。

この曲が、心を揺さぶるのは、たとえば、極限状態で友を救うことができなかったゆえ人間失格の烙印に甘んじる人間の弱さ、絶望からの復活をうたい上げているからです。

音楽はどんなに商業化されても、人間の心を強く揺さぶり、絶望の淵にいる人を救い続ける可能性を捨てることはない、と感じさせる作品です。

2011-06-01

プールに溜まるセシウム

これからの季節、プール開きに備えて、子供自らがプール清掃に加わる小中学校も数多くあるようです。

息子の小学校ではプールのヤゴをお助けしたあと清掃、ということになっています。

これが平時であるのでしたら、のどかな年中行事ということになりますが、3.11以降、長期間使用していないプールには大量の放射性物質、とくに、半減期の長い放射性セシウムが大量に溜まっていることに十分な警戒が必要です。困った時代になったものです。

しかし、現実は現実です。次のようなことを学校側、行政に進言するのがいいでしょう。

ほんとうは、文科省が率先して、このようなことを自治体、学校に指示すべきですが、今の文科大臣、文科省は見て見ぬふりの無責任、放置殺人を推進しているようですので、身近なところで変えることも考えなければなりません。

1)プールサイドで、できるだけ水面に近いところでの線量測定

2)平時の線量を有意に上回っているなら。汚染されている可能性大。「有意」の基準はないが、2,3倍でも十分有意でしょう。なぜならば、たとえば、平時1マイクロシーベルト/時のところが、2マイクロシーベルトであるならば、「1」はバックグラウンドとして差し引き、残りが、放射性物質による線量増加分ですから、2倍といっても、放射性物質の比較では、事故以前と比べて、当然、数千倍、数万倍あるいはそれ以上の飛来、堆積が考えられるからです。

3)汚染されているなら。被曝に弱い子ども達には清掃はさせないで、大人が、しかも、できるだけ年配で妊娠する可能性がない人が行うべきです。もっといいのは、防護服・マスクで防備を施した人が行うことです。

4)清掃した後のプールは、プールサイドも含めて水道の水で徹底的に洗浄して洗い流す。可能ならば、水を総入れ替えして、その水はすべて抜いて流し切る。その後で貯めた水でプール開きを迎える。水道代はかかるけれど、安全のためにはやむを得ません。

このようなことをしなければ、子供が安全にプールを利用できないとは。

原発利権まみれで安全は二の次、という政治の責任は大きいですが、それを支持し続けた国民自らが生き方、考え方を変える必要があります。

2011-04-24

雨のアースディー

昨日、アースディー(東京 代々木公園)1日目。強い雨が降ったりやんだり。

晴れていると2日間で13万人規模。たべものは行列で子連れは相当な体力が、、、というエコでオーガニックなイベントですが、雨のおかげで、どこもすいていてラッキー。

食いしん坊な子どもはあちこち試食に、食べ歩き。

子連れだったので、加藤登紀子さんや高坂勝さんのトークショーなどはあきらめ、めずらしいもの、楽しいものを子供といっしょに探す。

アクリルでつくった通路をじぐざぐに落ちていく貯金箱が目につき子どもが近寄ると「名刺デザイン研究所」。100円の研究費をこの貯金箱に入れるとここの博士は昔、テレビ東京のテレビチャンピオンで「ピタゴラスイッチ的装置」(正式にはなんと言うのか不明)のチャンピオンになったことがあるすごい人、と助手の方に教えていただいた。あと、主任研究員の方と3名で運営しているそうだ。それぞれに本職があるそうです。

ハーフ名刺やちっちゃ名刺がエコということでの出店か。ブースの品々、いま、ホームページを見ると、アイデアが様々に触発される。

旗メーカーさんの太田旗店さんが、風呂敷や手提げ、小物を作って販売。センスがよさそうだったが、子どもが急ぐので、ざーっと見ただけ。ホームページでゆっくり見ました。

2011-04-16

城南信金の脱原発宣言に思う



福島第1原発事故という世界的、歴史的災禍は、第一義的には(株)東京電力の責任なのだろうが、あれだけの大規模かつ独占企業になっていると取引先や関与する官公庁も多岐にわたり複雑な利権構造をもつ。

実質的に中空状態、つまり責任者不在の企業となっているわけだ。役員の会見中のコメントにも、ところどころに「われ関せず」の雰囲気が漂っているのは無理からぬところか。

あの人達は、普通のサラリーマン(※)であり、大河の流れのごとき巨大経営の流れの中で、たまたま、在任中に最悪の災禍に巻き込まれただけなのかもしれない。


本質的な責任は言うまでもなく、長々となんの反省も畏れもなく、原発がごときエセ科学を絶対化し疑うことをせず、心ある市民、学者の進言に耳を貸さず、巨大な利権構造を作り上げてきた自民党と現民主党内の対米従属勢力、そして、経産省(旧通産省)官僚達の責任である。

東電は、そのような、いわば闇の勢力の手先に過ぎないと感じる。

我々、国民にも責任はある。60年安保締結以降の対米従属勢力=原発推進勢力の台頭を選挙権を有効に行使することなく、野放しにしてきたのである。

騙されたといういいわけは成り立たない。いつの時代でも、身を粉にして原発の危険性や原子炉現場作業員の労働環境の劣悪さを告発する人達はいたし、十分に耳をすませ、心と頭のアンテナを伸ばしていれば、その声は大きく聞こえてきたであろう。

我々はその声に耳をふさいできた。

しかし、過去に時間を戻すことはできない。

我々は、原発推進勢力を監視し、糾弾し、持続可能な真にエコなエネルギー源の開拓と社会改革に尽力する新しい国のリーダーを選択するとともに、原発を温存してきた自らの文明観、社会観、ひとりひとりの生き方、生活の有り様を厳しく見つめ直す必要がある。

このことは、個人のみならず、企業にも同様に求められることだ。

私ども、かんたろう合資会社では、3月19日に代表である私、鈴木が脱原発宣言を行った。小さな会社であるからささやかなものではある。

対して、東京の城南信用金庫は、業界大手であり多種多様な得意先とのしがらみがある難しい立場でありながら率先して「脱原発宣言」(4月8日城南信金ホームページにて)を発したのである。勇気ある行動だ。

「信用金庫という地域を預かる金融機関にとって、その地域を失いかねない事態の福島県を思うと、いま企業の姿勢として反原発の立場を明確にし、そのうえで省エネや節電に協力していくことが必要だと考えた。自らが言うべきことを言い、やるべきことをやれば、地域金融機関として地元企業の協力を引き出していくことができると考える」と吉原毅理事長はたんたんと、まっすぐに、語っている。

今後は省電力や省エネルギー、代替エネルギーの開発利用に「少しでも貢献する」とし、その具体的な取り組みとして、徹底した節電運動の実施や冷暖房の設定温度の見直し、省電力型設備の導入や断熱工事の施工、緑化工事の推進、ソーラーパネルの設置にLED照明への切り替え、燃料電池や自家発電装置の導入への貸し付けなどの支援を具体的に実施していくとしている。

城南信金の脱原発宣言は、今後、規模や業界、地域を越えて、脱原発社会推進運動の先駆けとして歴史に名を残すに違いない。

原発の状況に著しい進展がなく、気分も沈みがちな市民達に、城南信金の脱原発宣言はここちよい感動を広げているようだ。